読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ロードバイクの組み立てって際限が無くなります

ロードバイクの組み立てって際限が無くなります

昔、クサーノの小さなフレーム製作工房兼サイクルショップだったデローザは、スミズーラのスチールロードフレームを製作する傍ら、量産メーカーの折り畳みフレームのロー付け溶接もして過ごしていました。

ウーゴ・デローザのサクセスストーリーは、水面下で少しずつ進行していました。マネージメント能力でブランドとして力を着けていた、エルネスト・コルナゴとのジョイントに終止符を打った、ベルギーの英雄、エディ・メルクスとのジョイントのチャンスがやってきます。

それまでのメルクスは、ロードレースもアワーレコードも、コルナゴのフレーム製作部門のレパルトコルセで、凄腕の溶接職人として働いていた、軽量な肉薄チューブで組むフレームも、見事に溶接できるマリオ・ロッシンが作るフレームに乗っていました。

当時、現役プロロード選手でありながら、コルナゴのフレームにエディ・メルクスのロゴを付け、メルクスオレンジと呼ばれる色に塗装して乗っていました。フレームを供給していたエルネスト・コルナゴとは、この辺りが原因で折り合わなくなっていたのだと思います。

ウーゴ・デローザはメルクスの条件を飲んで、エディ・メルクスブランドでフレームを供給することを承諾して、ジョイントビジネスはスタートします。コロンブスのスプリント用の肉厚のチューブなどを採用、ナベックスプロを削り込んだショートポイントラグで、プロパンバーナーでロー付け溶接して、微妙にスケルトンの違う剛性の高いフレームを何本も用意したそうです。

そのデローザの工房には、長澤義明という日大で自転車選手、メカニックとして経験を積んでいた日本人が働いていました。後に中野浩一選手のピストフレームを製作するナガサワレーシングサイクルの創業者です。世界選のメカニックとしても日本チームを支えました。

メルクスのスポンサーはイギリスのフレームチューブメーカーのレイノルズ社が関係していたので、デローザで製作されたメルクス用のフレームには、レイノルズ531のギャランティマークがシートチューブの上端に張られていました。でも、実際にフレームやフロントフォークに使われていたのはコロンブスのチューブでした。

メルクスからの注文は、時速70kmくらいからのブレーキングでバイブレーションを起こさないこと、ハンガー周辺の剛性が確保されていること。ハンガーシェルの上の面からシートチューブトップチューブの交点までが、555mm以上、芯トップで585mmのフレームサイズなので、フレームやフロントフォークの剛性感、直進安定性を重視していたそうです。

塗装の工房から仕上がって来たフレームの巻き紙をはがして、カンパニョーロのレコードやスーパーレコードのコンポーネントを組み付けるのが長澤メカニックの仕事でした。作業する長澤メカニックに、ウーゴは「神様に捧げるつもりで組め」と厳命したそうです。

真っ白なコットンのベロフレックスのバーテープの巻き上げは、ウーゴ自身が丁寧に巻いてから汚れを防ぐためにラップをかけていたそうです。この話を聞いて、「神様に捧げる」という分けには行きませんが、そういう気合いを入れてお客様や選手用のバイクを組み上げることを心がけるようになりました。